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クリエイティブとサイエンス

映像を見て何を感じるかは、ひとそれぞれの感性によります。だからといって、映像をつくるときにも感性だけがあれば十分である。とはならないものです。何を伝えたいかのメッセージを、創り手である発信者の感性に包んで伝達します。そこには制作者の感性はとても大きな比率になりますが、その映像を成立させるために必要な技術的な部分も必ず存在します。特に最近の新しいテクノロジーを使ったツールでは、この比率が以前よりも少しだけ大きくなりつつあります。

私は映像エンジニアなので、blogや記事を書く際には技術から見た視点になることが大半です。そのあたりで不満や異論を感じる方達には、エンジニアの一方的な視点でそこにクリエイティブのかけらもなく不愉快に感じることもあったと自覚しています。制作者の感性と制作技術の関係は、ことあるごとに対立や衝突が起きています。とは言っても宗教戦争のような大規模なものではなく、単なる内輪揉めなのですがね(笑)。そんなたわいのない揉め事は終了して建設的な考え方に移行したいというのが今回書きたかったことです。

結論から言えば、感性と技術、ここではそれをちょっとカッコつけてクリエイティブとサイエンスと表現しますが、これらはレイヤーが異なるだけで両者は密に連携している。両者を無理に同じレイヤーにまとめてはいけなくて、役割分担して相互に高め合うべきだと私は考え至りました。具体的なお話をします。

最近Logエンコードで記録するカメラが増えて来て、ドラマやドキュメンタリー、ミュージックでビデオやイメージ映像など、フィクションものを作る際にはとても重宝しています。REDが登場してから映像でもRAWが使われ始めましたが、まだ時代がそこまで追いついていないので、それまでは映像の世界ではLogが主力選手です。このLogエンコードされた映像をポストで色調整をするときは、本来はメーカーが公表しているホワイトペーパーに基づいた計算式で撮影空間の光に基づいたデジタルな値に戻します。この計算式が使えない場合には、折衷案として3D形式のLUTを使って近似値に戻しています。3DLUTを使った処理は近似値であって、カメラが持っているスペックを忠実に再現しているわけではないのです。この点はしっかりと理解が必要です。

このLogからリニアに戻す処理で時々目にするのは、純正のLUTを使わずにフリーハンドでプライマリーやセカンダリーのパラメータだけで調整している光景です。CanonのLogは比較的ゆるいLogになっているので、フリーハンドでコントラストと彩度を調整すればある程度のクオリティは維持できるようになっているそうです。まだLUTの運用が業界に定着していなかった背景から見て、とても現実的な設計だったと思います。ArriのLog-Cはこれとは対照的で、非常にローコントラストで再度も低くこのままではとても最終完パケには持ち込めないものです。このようなきついLogでもフリーハンドで調整していることがあるのです。私は内心冷や冷やしながら見ていました。Logからリニアライズする工程は、クリエイティブの入り込む余地は一切なく完全な数学の計算式のサイエンスだけの世界です。クリエイティブが必要なのはリニアライズされた後の工程です。

このようなクリエイティブとサイエンスが混在してしまっているケースは、身の回りには意外と多いのではないでしょうか。何がクリエイティブで何がサイエンスなのかは、しっかりと見極めて決して混ぜて考えたり処理しないことが今後は大切だと思っています。両者はいがみ合う関係ではなく、そもそも居場所のフロアが違うわけですから、あえて近づいて不要な喧嘩をする必要はないわけです。

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